ジャック・ダグラス インタビュー(和訳を追加しました!)

8 02 2010

ジョン・レノン、チープ・トリック、エアロスミス等のプロデュースで有名なあの(!!)ジャック・ダグラス氏にインタビューする機会に恵まれた。なーんと「ダブル・ファンタジー・アンプラグド」制作に入っていると言うではないですか!!すげ。そしてまさに今ゴタゴタ中のエアロの件も聞いてきました。その他、チープ・トリックとの出会い、ジミー・ペイジとの新プロジェクトの話もあり。日本語訳はまた後ほどココに追加しますんでよろしく。(下記参照ぷりーず。)あーもう感激。ロスに住んでてよかったー。ちなみに今回、聞き手はア・ミリオン・シーズのトーマス・デュー氏。ひとまず動画をご覧ください。

音楽ファンだったら、アーティストのみならずその作品にまつわる話や思想、録音に関連する人、場所に興味がわくのは当然だ。ビートルズ・ファンだったらロンドンEMIのビルを見学したり、アビーロードの横断歩道で記念撮影したいだろうし、イーグルス・ファンだったらロサンゼルスのビバリーヒルズ・ホテルのバーで飲むのも楽しいし、LAメタル・ファンだったらサンセット通りで騒いでみたい。私はロンドンを訪れた際、EMI、アビーロード、そしてベイカー・ストリートでも下車し散策したものだ、ふふ。(ゲイリー・ラファティー・ファン)

音楽をバンド単位ではなくプロデューサー単位で聞くようになったのは大学生に入った頃だったか。当時、読んでたミュージック・マガジンやロッキンオンの影響もあった。私が最初にジャック・ダグラス氏の名を知ったのはチープ・トリックがきっかけだった。そしてジョン・レノンやエアロスミス、スーパートランプも手がけたプロデューサーであると知った。そのジャック・ダグラス氏のインタビューがこの2月に実現した。インタビューが行なわれたまさにその週末、渦中のエアロスミスの面々がボストンに集合しミーティグが行なわれた模様。その直後の月曜日から、夏のヨーロッパでのライブ日程が続々発表され、なんとかバンドは継続できそうだ。ただひとつ心配なのはその後。インタビュー中、ダグラス氏の「バンドも最後の錦を飾りたいだろうし」ってひとことが気になる。ジョン・レノン「ダブル・ファンタシー・アンプラグド」制作もたいへん興味深い話で、リリースが楽しみだ。

+++

Thomas Dew/以下TD) スウィング・ハウス・スタジオにレコーディング・プロデューサー、ジャック・ダグラスさんを訪ねお話を伺います。まず最初に2009年LAミュージック、キャリアー・アチ–ブメント賞受賞、おめでとうございます。

Jack Douglas/以下JD) こういう「功労賞」的なものをもらうと「むむ、終焉も近いか。」といつも考えてしまうんだ。だから受賞したあとは今まで以上に働くことにしている。自分を忙しくしておいて必然/終焉を後へ後へと追いやるのさ。音楽のジャンルの方向を替えてみたり映画の音楽をやったり。80歳になるころには家のレコーディングスタジオで映画音楽とかを作っていたいね。ロックンロールのことは心配せずに。(笑)

TD) その姿勢もまたあるからこそ、これまで数々のすばらしい楽曲を作ってこられているのですね。「世界中で2億枚以上のレコードを売ったプロデューサー」とも言われていますが?

JD) そういうふうにも言われているかもしれないけど、実はその多くはボクが買ったんだよ。(笑)だから枚数がふくれ上がったんだ。大きな収納庫があってね、ま、8枚くらいは売れたけど残りは倉庫にあるよ。(笑)動くターゲットを打つことは難しいだろ。だからボクがやるようなジャンルの音楽を追って動き続け、いいプロジェクトに運良く当ったんだと思う。過去にボクが手がけた音楽を見ると、エアロスミスみたいな所謂ハード・ロックと言われているものだったり、その直後にはまったくタイプの違うパティ・スミスのプロジェクトに関わり、それからボブ・ディランと共同プロデュースしたり。アラン・ゲインズバーグのスポークン・ワーズもやったし、チープ・トリック、グレン・パーカー、クラッチ、スーパートランプからスラッシュと動き続けた。動き続けると違うジャンルの音楽に出会えるからね。ひとつのジャンルだけをやり続けてものすごくいい運に恵まれれば、そのジャンルの「歴史に残る1枚」みたいな作品を作ることができるかもしれない。いやでもマット・ラングなんでミリオン・レコードを手がけてどれもいい作品だと思うけど、あとはフィル・ラモーンとか。でも彼らもけっこういろんなジャンルに動いているかな。そうだ、あと「ソプラノ」(TV番組)のキャストたちによるモブ・アルバムのプロデュ–スもしたな。まさしく真のギャングスタ・アルバム、「Mob Story: A Hip Hopera」ってタイトルで。。クラシック・イタリアン・オペラをラップ風に仕立てたんだ。ま、違うジャンルを追いつづけることによって、ボクはいわゆる「クラシック・ロックの歴史に残る1枚」みたいに言われる作品にも恵まれた。エアロスミスの作品とか。いろんな人に聞かれるのは・・・あ、君の質問リストを先取りするつもりはないんだけど・・・これまで多くの作品を手がけてきて、レコードを作る過程においてどこに満足感を得るか、何がその作品を完成させるのかってよく聞かれるんだ。これはエアロスミスの一作品や「ダブル・ファンタジー」の時がそうだったんだが・・・リスナーの心を打つんだよ。それはアーティスト、歌詞、サウンドそして音楽が一体化する、その真実に到達すると議論の余地のない完璧なアルバムになるんだ。ボクが手がけたエアロスミスの作品は、彼らの作品の中でもっともセールスの高いものではなかったけれど、「ロックス」はすべての要素が一体化した完成度が高い作品になった。ボクはここに生き甲斐を感じるんだ。

TD) そういった完成度が高い作品をいくつも手がけていらっしゃいますよね。

JD) 単に運がよかったんだと思う。アーティストに惹かれて、僕らはクールな作品ができたとばかり思っていたが、タイミングが合わなかったことも何度かあったよ。例えばザ・ナック。世紀に残るようなモンスター・アルバムがまずあってその次の2枚目、バンドはボクのところにやってきた。そして彼らは音楽性を違う方向、もっと芸術的なものにしたかった。その作品は一部の音楽評論家やファンからは絶賛されて、今でもよくフィードバックを受けるくらいなんだ。「ラウンド・トリップ」という作品なんだけど。しかしレコード会社と世間がその作品を受け入れられなかった。彼らは「マイ・シャローナ」2弾を求めていたんだ。

TD) 一般の人々はやはりそれを期待するんでしょうか?

JD) うーむ。ぼくとバンドにとってはとても満足いくアルバムだった。キャピトルはボクを嫌ったね、許してもらえなかった。

+++ジョン・レノン

TD) ジョン・レノンとは「イマジン」のエンジニア担当時に出会ったんですか?

JD) ボクはエディティング・エンジニアだった。イギリスからテープがマルチ・トラック、ボーカルとピアノの2トラックで送られてくる。それをオーバーダブして。ジョンには特定の編集方法があってそれを僕が担当していたんだ。実際に会ったのはそのだいぶ後で、ある日、ボクのアパートにジョンがやってきてハングアウトしたんだ。実はボクは以前、リヴァプールに行ったことがあり(必要なビザを持っていなかったため移民局に)捕まって拘束されたんだ。新聞にも載っちゃったりして。ジョンがその記事を偶然読んでいて、その当の本人(=ジャック)に会えるなんて信じられなかったんだ。船から逃げ出して捕まったりして・・・インターネットで探せばあるよ。詳細は自叙伝のために残しておくんだ。で、そんな話から盛り上がったりもしてプロデュースする話が決まったんだ。「君はミスター・プロデューサーに格上げされたんだからもう世界のどこでも仕事ができるじゃないか。」ってジョンが言うんだ。で、ボクがアリス・クーパーの仕事でサンセット・スタジオ(ロサンゼルス)に行くことになったのを期に、ジョンとベル・エアーの家でしばらく一緒に住む事になったんだ。

TD) そこでジョンと「ダチ」になるわけですね。

JD) クレイジー・タイムだったよ。(笑)

++ダブル・ファンタジー

TD) ダブル・ファンタシーの制作過程はどのように進んだのですか?ジョンはしばらく音楽生活から離れている期間がありずっと家にいて・・・

JD) デモはバミューダで録音されてボクのもとへテープが送られてきた。ホントのこと言うけどそのデモはすごく原始的な方法で録音されていてまさしく宅録。マイク付きのパナソニックのテープレコーダーを2台用意して、まず片方に一通り録音。それを再生しながらもう1台にオーバーダブするってやり方。

TD) それはまさしくボクが子供のころやっていたのとまったく同じやり方です(笑)

JD) そうそ。それにボーカルを重ねたんだ。それらの送られてきたテープの山を聞いたとき、原始的な方法で録音されたにもかかわらず「これ以上のものは作れない」と確信したんだ。そのアンビエント、音感といい。

TD) 親密な音感だったと。

JD) そう。背後でドラム役のフレッド・シーマンが台所の鍋をたたいているものもあったりして。(笑)

TD) ボクも子供のころ友人と同じ事をやってました!楽器もない時代でしたし。それと匹敵するような事をスーパースターもやっていたなんて!

JD) だろう?ま、考えてみればバミューダのスタジオがない普通の家だからね。ジョンの(NYの)自宅のセッティングでさえもそんな感じでベッドの周りに物が並んでいるんだよ。驚きだろ。ヨーコが持ってきたテープの中にはロングアイランド・サウンドで録音されたもので、彼女のアルバム用のものもあった。ピアノとボーカルが入っていた。そうやってあちこちにあったものを整頓してみたら、四枚の作品になったわけだ。2アーティスト、ジョンとミルク&ハニー、それぞれ2枚ずつ作るのに十分な曲があった。ちなみにボーカルはトラッキング時に録音しておいたもので、全部ライブだった。(銃弾に倒れたため)それしか手元になかったんだ。プリ・プロダクションは極秘になっていてスタジオ・ミュージシャンにもこれが誰のアルバムか伝えてなかったんだ。

TD) あながボーカルを担当したって本当ですか?

JD) そう。SIRでリハしてトニーDとボクでカセットのデモからチャートを作り、ボクがアレンジ。バンドが演奏してボクが歌い・・・ひどいもんだったけど。ジョンより1オクターブ低くしてね。そうして録音後、ダコタ・アパートに飛んでゆき、ジョンのアパートのベッドまで持って行って聞かせるんだ。ジョンはベッドで作業するのが常だったからね。楽器に囲まれてさ、ギターが後ろに2本、ピアノがこっちにあってテレビやエレクトリック・ピアノがあって。一緒にカセットを聞いて変更箇所をジョンから言われてボクがメモる。そしてまたリハに戻るって具合。バンドは何週間も誰の曲かは知らされてなかった。みんな楽曲は気に入っていたけれど、ボーカルには関心してなかったな。(笑)

+++ダブル・ファンタジー再訪

TD) このインタビューを始める前に「ダブル・ファンタシー」のアコースティック・バージョンを作る予定があるとお話いただきましたが。

JD) 今月、NYに戻り「ダブル・ファンタシー」を再訪するんだよ。EMIとヨーコのため、というかヨーコとEMIのためにと言った方がいいかな。アルバム全曲をアンプラグド・バージョンにリミックスするんだ。色々とリサーチしないといけない。オリジナル・テープを起こしてね。当時録音した時には2台のテープ・マシーンを使い、16トラック/2インチ・テープにベース・トラックを録音。24トラックにバウンスしてサブミックス。24トラックにオーバーダブ。モノ・トラックだけが残り。それから2のつのマシーンを同時にまわしてミックス。(各マシーンの1トラックはタイムコードが入るため)実際は15トラックと23トラックをシンクさせてミックスしたんだな。

TD) まさにプロトゥール以前のことですね。

JD) そう。これからやらなきゃいけないのが、全てのトラックに音入れして、1トラックずつ16トラックにバウンスさせ、24トラックにサンプリング・レイト192でロックする。プロトゥールだと簡単にできるよね。

TD) 今このスタジオにもプロトゥールも準備されていますが、やはり新しいテクノロジーを活用されているわけですね。

JD) そう。正直言って最初はアナログ録音、それからプロトゥールに持って行く方が好き。ここにあるのが「ジャックのラック」でね。このカリズマが重宝しているガジェッツ、テープ・エミュレーターなんだ。チューブがたくさんあって。テープの良さを再現できる。まだ手元にテープがないからプロトゥールでやってからこれを使う。マイクプリアンプは4ラインあり。1963製造だったと思うんだけど、クラウン・テープ・レコーダーから部品をを外してマサチューセッツのプロ・オーディオ・デザインに送った。

TD) まさにカスタム・ラックですね。

JD) 再構築してもらって素晴らしいラインアンプセット/マイクプリアンプに仕上がった。先週、サンフランシスコ滞在中に1952年製のヴィンテッジの掘り出し物に出会った。アンペックスのテープ・モノマシーンにたまたま出くわしてね。レアな601ってモデルで、フィールド・レコーディング用。タンクの中に内蔵されていたマイクプリを取り出して、今、ボクの車の中に大切に保管されていて、明日テキサスに運ばれて再構築されるんだ。

TD) 「ホンモノ」ですね。

JD) その通り。あとはイギリスのカルチャー・ヴァルチャーであとは通常のものがストックされている。ボーカル?(聞き取り不明)ふつうには使ってないな。

TD) 見てすぐわかるよーには使っていらっしゃらない、内緒のトコなんですね。(笑)じゃ、ちょっとチラ見程度に拝見しておきましょう。

JD) ボクはニューヨークに住んでいるんだけど、そっちにもいくつかあるんだ。最近はこっちで仕事することが多いかな。あ、君の質問リストがまだあったよね、ごめん。

TD) いえ、ギアに関するお話を聞かせていただいて嬉しいです。ではリストに戻りジョン・レノンに関する質問がまだありまして・・・

JD) ジョンのお陰で機材の値段を安くしてもらえたな。機材をショップに送って見積もりをもらうでしょ。「再構築して最新仕様にするのにこれくらいかかります」って言われる。そのあと機材の出所が判明すると「やっぱディスカウントしないといけまんせな。ジョン・レノンを崇拝してますし、ジョンの写真がうちのショップに飾ってあるくらいですから。」とか言われて安くしてもらえた。テキサスのフランク、いやジム・ミラーだったかな。

+++シンクロニシティ

JD) おかしかったのが、トニー・レヴィンからメールをもらってね。ピーター・ガブリエル等のベースをやってる有名セッション・ミュージシャンでボールドで。昨日、メールをもらったんだ。彼はウッドストックにいて大きなパーティに参加したそうだ。そこで偶然出くわしたのが、なんとダブル・ファンタシー当時のボクの素晴らしいアシスタントだったジュリー・ラースって聞いてびっくりしたよ。ダブル・ファンタシー以来の再会だったとか。彼女は今ウッドストックに住んでいるんだ。トニーがおかしなことも起きるんだな、とか思って後ろを振り返るとバーがあり、そこで飲んでいた男が、これまた同じアルバムでギターを弾いていたヒュー・マックラケンだった。彼はウィングスのオリジナル・ギタリストでもあったんだけど。彼はウィングスに加入しなかったんだよな。ポールが「スコットランドに来てバンドに加入しないか?」って彼を誘ったんだけど断ったんだ。「ニューヨークにいたいから」とか言って。(笑)

+++チープ・トリック

TD) 次にチープ・トリックのお話を聞かせてください。

JD) ボクがバンドとエピックとの契約をとりもったんだ。

TD) ファンから見ても彼らの最も重要な時期/作品にあなたが関わったと思います。

JD) 1枚目と「アット・ブドカーン」ね。親戚を訪ねてウィスコンシン州ワーカショーにたまたまいたんだ。何もないところで。誰かがボクに「ボーリング場にこのバンドを見に行かなきゃだめだ。」というので、忘れもしない「サンセット・ボウル」というボーリング場に行った。ここにはボーリング場とラウンジがあって満杯だった。バンドはチープ・トリックで、カーニバルかサーカスかっていうロックンロール・ショウをやった。ぶっとんだね。翌日、トム・ウォーマンに即電話して「今週末、ウィスコンシン州ワーカショーにこのバンドを見に来なければ、ボクはこのバンドをRCAと契約させるぞ」って言ったんだ。トムはエピックのA&Rのトップでね。ライブを見て気に入ったのでバンドと契約したんだ。

TD) あなたが発掘者ですね。

JD) ・・・というかボクよりも先に中西部の人たちが発見していてすでに大人気だった。だけと契約はしていなかったんだ。

TD) 当初、音楽的に彼らのどんな点に惹かれだのですか?

JD) オーガニックなクオリティを持つサウンド、ビートルズ的な音だなと思った。すばらしいシンガーがいてユニークで。ビートルズのカバーバンドって意味じゃなくて、ユニークさがビートルズと似てたな。

TD) 個性豊かなところがビートルズと共通していたと?

JD) バンド・メンバーそれぞれが個性的。二人がちょっとかっこよくて、ドラマーは会計士みたいでギタリストは狂気だし。去年の夏、「アット・ブドカーン」を再訪したんだ。当時のビデオ・テープのマスター・コピーが日本で発見されてね。ジェイムスSとボクがスタジオに入って映像に合わせて全て5.1サラウンドでリミックスしたんだ。興奮したね。

TD) まるでその場にいるような感覚を覚えるんですね。

JD) その通り。(携帯電話が鳴る)そのリミックスをニューヨークでやっているときにバンドがみんなでやってきた。

TD) オーバーダブとかで?

JD) いやそれは一切ない。ただスタジオに遊びにきたんだ。エアロスミスや彼らとは大きな家族みたいなもんでいつも連絡しあっていて、僕たちは近い関係にあるんだ。

+++エアロスミス

TD) スティーヴンがバンドにいる、いないで渦中のエアロスミスですが、何かご存知ですか?

JD) 今、全員ボストンに集まってミーティングをしているはずだ。昨日、ブラットと電話で話した。確かに今、問題を抱えていて整理しなくちゃいけないことが山積みだ。可能性はもう1枚のアルバム・リリースと1回のツアー敢行。全員で頭を整理し直してからアルバムの制作にとりかかるはずだ。ボクがプロデュースするかしないかは別として、もう1枚のアルバムリリースとツアーをする。最後にやっぱり錦を飾りたいじゃないか。彼ららしいロック・アルバムを作るんじゃないかな。メンバー全員といつも連絡をとりあっている。長年一緒に仕事をしてきたから家族みたいなものだ。

TD) 彼らの重要な時期を共にしていますよね?

JD) 何度もお互い助け合っているかな。

TD) ほんとにレジェンドというにふさわしい!

JD) いや、ぼくはここにいるじゃないか。「現在も存在するの伝説的人物?」「ボクはここにいるぞー。」(笑)

+++ジミー・ペイジとの新プロジェクト

JD) 中国でジミー・ペイジ他のアーティストが参加予定の「ピース」というショウ/プロジェクトが進行中でそのプロジェクトに関わる。中国政府は4月17日という日程を押しているが、もし準備に時間がかかれば9月になる予定だ。オンラインで調べればわかると思う。

TD) なかなか大きなプロジェクトになりそうですね。中国にR&Rを。

JD) 大きいな。あとは「ダブル・ファンタシー(アンプラグド)」にも期待してくれ。それからテンダー・ボックス。

TD) 今、手がけている新アーティストなんですか?

JD) そう。このロサンゼルスにフォロワーがいるんだ。最初のメジャー・アルバムを制作中で、今ミキシングしているんだ。

TD) レーベルはどこから?

JD) (スゥイング・ハウスの)フィルのところか、または別のところになるかー、まだ内緒 (笑)。

+++スタジオ人生

JD) 今でもいろんなプロジェクトに関わっていて、気に入れば無償でやることもあるし。だってこれが楽しいし生き甲斐だし。あと教鞭にも立っているんだ。

TD) サンフランシスコで?

JD) そう。デジタル・アーツ・カレッジでサイコロジー・オブ・レコーディング・セッションを教えているんだ。ミディア・サイコロジー・コースをね。楽しんでるよ。

TD) 多方面でご活躍ですね。

JD) 体調を万全に整えているよ。ジムに行ってるし食生活にも気を使っている。やっぱりスタジオに居続けないといけないんだ。ボブ・ディランが「バスに居続けねば。(できる限りツアーに出る)」というのと同様にボクはスタジオに居続けないとね。

TD) 本日は貴重なお話をありがとうございました。今後もさらなるご活躍をお祈りしています。

JD) ありがとう。

追加:4月8日付けの彼のフェイスブックで’JackとJay、スタジオに戻る’っつーコメ付きで写真がアップされている。要ちぇき。

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